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中里学園
Nakazato-Gakuen
神奈川県立中里学園
栗まつりの会
Nakazato-Gakuen HP
イベント情報
中里学園の歴史
中里学園は、昭和21年9月に当時の養護施設として開園し、その後乳児院の併設を経て、これまで70年にわたり社会的養護を必要とする子ども達の支援を行ってまいりましたが、平成29年3月末をもちまして閉園することになりました。
中里学園を卒園した子どもたちは、児童養護施設では平成29年3月末で1,485人となります。中里学園がなくなることは子どもたちのふるさとがなくなることでもあり、寂寥の思いはありますが、 同年4月からは平塚市内に児童心理治療施設、乳児院、障害児支援施設をが一体となった県立子ども自立生活支援センター「きらり」が開設され、県立施設としての新たな役割を担い子ども達の支援を行ってまいります。 これまでいただきました地域の皆様、関係機関の皆様のご支援とご協力に対し、心から感謝申し上げます。
中里学園 70年の歩み
夏季転住風景
白熱した試合
発表会で
【昭和21年9月】
戦災孤児などを保護するために大陸開拓者花嫁養成施設であった土地建物を買収し、児童保護施設を設置。
所在地の旧地名都築郡中里村に因んで、中里学園と命名。
【昭和21年12月】
男女5名の児童が入園して保護業務を開始。
【昭和23年4月】
児童福祉法施行に伴い施設種別が児童養護施設となる。
【昭和23年8月】
県下児童福祉施設野球大会で準優勝。
【昭和25年】
児童寮舎の新築。創立3周年記念式典。ウサギ・綿羊飼育開始。
【昭和26年9月】
県下児童福祉施設野球大会で準優勝。
【昭和28年10月】
第1回栗まつり。 卒園者、在園者、在園児童、旧職員の交換親睦を目的として卒園者の集いを催した。栗の季節に学園名物の栗を賞味しながらの集まりに因み「栗まつり」と称し、毎年10月の恒例行事となる。
【昭和31年】
プール、児童寮舎、食堂、厨房を新築。児童定員98名となる。創立10周年記念式挙行。
【昭和36年1月】
隣接の祥泉院墓地に本学園をはじめ県下児童福祉施設児童で在園中に死亡した、無縁の諸霊の合葬供養塔「小百合の塔」を竣工し、本学園児童を含め6柱を合祀。
【昭和39年1月】
篤志協力者により中里学園後援会の結成。
【昭和40年1月】
県下児童福祉施設児童作品展で、園児の作品が特選に入賞。
【昭和40年12月】
神奈川県第1回保母賞を保母長 川口俊が受賞。
【昭和41年11月】
創立20周年記念式挙行。記念碑「友の里」が卒園者から寄贈。
題字「友の里」は当時の内山知事の揮毫。
【昭和45年3月】
児童棟鉄筋3階建が竣工、落成。幼児定員が16名から20名になる。
【昭和48年6月】
青葉台中学校開校、谷本中学より全員青葉台中学に転入学する。
【昭和50年8月】
県下児童福祉施設ソフトボール大会で女子初優勝。
【昭和51年8月】
県下児童福祉施設野球大会において初優勝。横浜グリーンクラブ杯争奪野球大会初優勝。県下児童福祉施設ソフトボール大会で女子第4位。
【昭和51年11月】
創立30周年記念式挙行。
【昭和52年4月】
みたけ台小学校の開校に伴い、鉄小学校から全員転入学。
【昭和53年4月】
みたけ台中学校の開校で、青葉台中学校から全員転入学。
【昭和57年8月】
グリーン杯野球大会で準優勝。
【昭和59年8月】
グリーン杯野球大会で優勝。
【昭和60年6月】
県の「やまゆり計画」に基づく学園再整備工事に伴い、山羊、ウサギなどを国府実修学校へ飼育を依頼。
【昭和61年8月】
体育館、プール完成。
【昭和62年】
学園再整備工事完了。進化畜舎で国府実修学校へ預けたウサギなどをもどし飼育開始。
創立40周年記念栗祭りを挙行。
【昭和63年7月】
緑区20周年記念長縄跳び大会に参加し優勝。
【平成3年4月】
在園児童から初の大学生、専門学校生誕生。
【平成5年11月】
神児研駅伝大会で男子優勝。
【平成11年4月】
川崎乳児院を統廃合し、定員20名の乳児院を併設した複合施設となる。
【平成18年10月】
創立60周年を迎える。
【平成20年3月】
児童棟の改修及び耐震補強工事が完了し、ユニット体制による生活を開始。
【平成22年4月】
児童自立支援拠点整備事業の検討開始。
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